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釣り三昧

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2012年6月17日 (日)

天一坊

『天一坊』(テンイチボウ)
住所:〒0283621 岩手県紫波郡矢巾町大字広宮沢第11地割501-3
電話:019-637-0011
定休日:元日のみ
営業時間:11時00~8時30P(夕方に店をちょっと閉めるようですので要確認)

S1_1

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S1_3

メニューは蕎麦と丼のセットが中心
興味が惹かれそうな面白い創作品もありますネ

【ゲソ天】700円を注文
並のざるそばは250gだそうですが・・・これは350gで大盛りですよ。

S1_5

S1_4

滝沢の『そば処 更科八』さんの【もり天】を彷彿させられますね

このお店のつゆあはちょっと甘めかな~
でも、すっきりとした味で許容範囲だと思います

気にかかるのは・・・二八蕎麦なのですが、麺が短かい部分があります

相対的に蕎麦屋さんにしてはりーずなぶるな価格(^^)v

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コメント

お腹がキュルキュルって鳴きました。゚(゚^∀^゚)゚。ブッハハハハハハハハ !
とっても美味しそう

ざるともりの区別がいまだに自信がなくて…聞いちゃう

現代ではのりの違いが代表的ですが、
もともとは「もりそばよりも高級」だったのがざるそば。
特製のつゆが作られることもありました。

♪まみちゃん

数ある諸説の中からの抜粋ですよ♪

細く切ったのりが散らされているのがざるそば。
一方、もりそばにはのりがない、 というイメージがありますが、
違いはほかにもあったようです。

庶民に広く食べられるようになった江戸時代初期のそばは、
そば粉をかいて作る「そばがき」と区別するために、
「そば切り」と呼ばれたつけそばで、
お椀などに盛られていました。

その後、江戸時代中期になると、 器に凝る店が登場。
各店が工夫を凝らし、人気を競い合いました。

そのなかで「ざるに盛ろう」と考えたのが、江戸の深川にあった「伊勢屋」。
小さな竹ざるは、しゃれているうえに水ぎれがよく、 そばの器にぴったりと評判に。
ざるそばは、こうして生まれました。

このころになると、そ ばに直接つゆをかけて食べるせっかちな江戸っ子が増加。

この食べ方が「ぶっかけそば」「かけそば」 と呼ばれて広がり、
従来のつゆにつけて食べるそば切りを 「もりそば」と呼ぶようになりました。

つまり、もりそばとは、 つゆにつけて食べるそばの総称だったので,
明治時代になるとざるそばは、 もりそばとは一線を画した高級そばとして、
見た目も味も、はっきり区別されるように。

「ざるつゆ」と呼ばれる特別なつゆが作られ、 のりがトツピングされるようになりました。

今ではざるつゆを作る店が ほとんどなくなってしまったことから、
違いはのりだけとなりましたが、 ざるそばにのりがかけられているのは
そのときの名残というわけなんですね。

ちなみに、そばの器としておなじみのせいろが登場するのは幕末。

現在の呼び名は「ざるそば」「もりそば」「せいろそば」 の三つが基本で、どれで呼ぶかは店しだいだとか。
ざるそばでも、のりがない場合もあれば、 なんと、ざるに盛られているのに、せいろそばと呼ぶことも。

メニュー名だけでどんなそばかを判断するのは、 むずかしいみたいですよ・・・

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