フォト
2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

ホーム

  • 気まぐれな風に吹かれて

最近のトラックバック

釣り三昧

« 「ある雨の日の情景」♪ | トップページ | 「夏祭り」♪ »

2013年7月28日 (日)

「イーハトーブ」

雨上がりの青空
久しぶりだなぁ~

1_1

ということで、盛岡市内の材木町探索
「光原社」でのひととき・・・【深入珈琲】420円
宮沢賢治の世界にはまります

「光原社」
大正13年(1924)宮沢賢治の生前唯一の童話集「注文の多い料理店」を発刊
社名も賢治の手によって光原社と名づけられた。

住所:〒020-0063 岩手県盛岡市材木町2-18
電話: 019-622-2894
定休日:毎月15日(15日が土日祭日の場合翌日に振替)

1_3

1_4

1_5

1_6岩手県民になじみの深い言葉
そして、何気なく使われる・・・「イーハトーブ」

宮沢賢治の作り出した「イーハトーブ」という言葉
または、その変形の言葉は、彼の作品とともに日本では広く知られるものとなりました。
作品によって呼び名に変遷があり
「イエハトブ」・「イーハトヴ」・「イーハトーヴ」・「イーハトーヴォ」・「イーハトーボ」

この呼び名にあっては諸説あるようですが定説として・・・
宮沢賢治の作品によく登場する、賢治が考えた理想郷である地名である。
賢治の故郷・岩手県をモチーフとして、エスペラント語の影響を受けて生まれた名称である。
(言葉として「岩手」(歴史的仮名遣で「いはて」)をもじった」という見解が定説)

賢治が出版した童話集『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』
この宣伝用広告ちらしの文章には、「イーハトヴ」について以下のような説明がなされています。

「イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求むるならばそれは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスが辿つた鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考へられる。
実にこれは著者の心象中にこの様な状景をもつて実在した ドリームランドとしての日本岩手県である。」・・・と

1_2
[材木町]の言われ・・・
以前は岩手町と言われたが、承応4年(1655年)に材木町と改められた。
その後には、柾(こば)町と呼んだ時代もあったが、文化年間(1804~1818年ころ)材木町と定められた。

当地から岩手山がよく見えた。また、岩手郡各村からの移住者が多かったため、岩手町と称した。
北上川の春木場が対岸の木伏(きっぷし)「盛岡駅前北通り」にあり、材木商が盛んだったことに由来 

ところで・・・
今日は、岩手山も久しぶりに見ました。

Sp7280008

« 「ある雨の日の情景」♪ | トップページ | 「夏祭り」♪ »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「イーハトーブ」:

« 「ある雨の日の情景」♪ | トップページ | 「夏祭り」♪ »